「ベッキー、私前にあなたに話したことがあったわ。
私もあなたも、同じ女の子だって。

だってほら、私はこのとおりすっかり変わってしまったわ。
ほら、私も屋根裏に住む、あなたと同じ女の子なのよ。」


「お嬢さま・・・。
お嬢さまは、お嬢さまは変わったりなんかなさっていません!
どんなことが起こったって、お嬢さまはプリンセスさまなんです。
いいえ、誰がどう言ったって、私だけはそう決めてるんです!」


(小公女セーラ 第13話「つらい仕事の日」より)

わってしまったと言うセーラに、変わってなんかいないとベッキーは言います。
もはや、ベッキーにとってのプリンセスは、きれいな服装や高い地位ではなかったのだと思います。










「ありがとう、アーメンガード。
私・・・こんなことになって、ひとつだけ強く分かったことがあるの。」

「ええ?」

「辛い目にあうと、はじめて人の気持ちがよく分かるようになるんだって・・・。
私も、それであなたがどんなにいいお友達だったか、本当によく分かったのよ。」


(小公女セーラ 第14話「深夜のお客様」より)



セーラがメイドになり、学園の生徒たちとはもう今までのような友達ではいられなくなります。
しかし、アーメンガードはそんなこと考えませんでした。
ロッティのように幼くて状況が理解できないわけではなく、考えなかったのだと思います。
勉強が苦手で、要領の良くないアーメンガードはよく笑われます。
でもそんな彼女だからこそ、周りの変化に流されず、率直に自分の気持ちを口にします。
セーラのことが好きで、だから友達でいたい、というとても簡単な言葉です。
大人の事情によって生活が急変し、セーラ自身さえ忘れそうになっていた単純な気持ちをアーメンガードに気づかされて、
セーラは改めて友情をかみしめます。
貧乏になってからも、セーラには変わらない友情がありました。
もちろんそれは、セーラ自身の人柄の魅力ですが、友人たちの曇りのない、確かな目もあったのだと思います。



原作でもアニメでもセーラは苦しくても誇りを失わなかったと言われますが、
それはセーラが育ちが良かったからプライドが高かったというのではなく、
セーラがすごかったのはいつも等身大の自分を見失わなかったことではないかな、と思います。

お嬢様のときは周りにほめられ、持ち上げられて大きく評価されても、
お金持ちなのはお父さんの仕事がたまたま成功しているからで、自分はただの女の子なのだと思っていました。
貧乏になってからは、周りから低く見られ、等身大の自分より小さく評価されることがあっても、
一生懸命自信を失うまいとしました。これはとても難しいことです。

そして、このことはセーラだけではなく、ピーターやベッキーにもそうあってもらいたいです。
ベッキーやピーターはセーラと違って生まれたときからの本当の貧乏ですが、小さく縮こまってしまうことなく
等身大の自分のままでいてもらいたいなあ・・と思います。



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